2007年12月15日
◆ とても悲しい出来事でした。
母の死は、とても急でした。
時間ができたので、入院中の母の話相手になろうとふらりと行ったら、意識がなく、その日のうちに逝ってしまいました。
とても悲しかった。
医師に一時間ぐらいしかもたないだろうといわれた後、医師の見立てどおり、鼓動がどんどん弱り始め、一度、鼓動が止まりましたが、また動き出したので、母は生きようと頑張っていたんだと思います。
でも、結局は鼓動も呼吸も止まってしまった。
わたしは最後まで母の手をにぎっていたのですが、母の鼓動が止まっても、母の手はわたしの手をにぎりしめたままでした。
力が抜けて離れてしまうなんてことはなかった。
お通夜のとき、両手を組まさせるまで、その手はわたしの手をにぎった形のままで、母もわたしの手をいつまでもにぎっていようとしてくれたのかなと、泣けてきました。
12日に母のお葬式が終わり、一時的にうちに帰ってきた遺骨は、今日、弟(長男)のところへ行きました。
母は、末期ガンだとわかってから、一度も、うちに帰ってきてこれなかったので、遺骨としてでも、うちに帰ってこられてよかったです。
生きているときから、1日は一緒に過ごしたいって話していたので、数日ですが、母と過ごせてよかった。
たくさん泣きました。これからも、母のことを思い出しては泣くと思います。
でも、前を向いて生きていかなくてはね。
猫たちと一緒に頑張っていきます。
2007年07月18日
◆ 退院しました。
母が退院しました。
ガン細胞が以前の手術によって死んだらしいのですが、
まだ生きたガン細胞もあるかもしれないとのこと。
ん~、それってよくなるの?
ならないの?
治るんでは?と期待すると悪くなって、だめなのかと思うとよくなって……。
本人が一番、精神的にも疲れるだろうなぁ。
なんとしてもよくなれ!
一緒に頑張ろう!
2007年07月09日
◆ 言葉の暴力
以前からの問題なのだけれど、愚弟によるわたしへの言葉の暴力が日に日にひどくなり、
今日など、「キチ○イとは話はできない」などと差別用語を使われました。
彼は、わたしが死ぬことになっても、俺は関係ないと平然と見捨てるそうです。
弱っていく母に対しても、見下した態度をとるようになり、母がわたしへ渡すようにと愚弟に
渡したお金も自分のものにしようとしていました。
いまだ渡されないので、このまま、着服する気かもしれない。
母に対しても、意のままにしようと言葉の暴力をふるうようになるのではと、とても不安です。
虐待をやりだす前に、なんとかとめる手立てを見つけねば。
このブログにあまり重い話は書きたくないのだけれど、愚弟がなにかしでかした場合のために、記録として書きました。
わたしや母、猫たちになにかあった場合、愚弟が関与している可能性が大きいです。
追記 12日
お金は、愚弟が母に返し、改めて、母からわたしに渡されました。
2007年07月08日
◆ 母が
もうガンと戦うのは疲れたと、頑張るのをあきらめてしまいました。
もう治療はしたくないそうです。
とても悲しい。
2007年07月03日
◆ でかっ
行動が早かったので、30日には、新しいモニタが届きました。
ただ、サイズを間違え、今まで使っていたモニタと同じ大きさにしたつもりが、それよりも一回り大きい19型に(^▽^;)
今まで使ってたのは、17型だったのねぇ(-_-;)
商品が届いてから、気づくわたし(-_-;)
でも、以前、この大きさのモニタがほしかったこともあって、これはこれで気に入っています。
大画面は、映画を観るのにむいてるし、画像の編集もしやすいです。
気づけば、壊れたモニタは、20年近く使っていました。
よくもったなぁ。
キーボードもそのときに買ったのですが、いまだ問題なく使えます。
長持ちですね。
2007年06月28日
◆ モニタが壊れた(T_T)
朝、パソコンを立ち上げたら、画面に左から右へときれいな青のグラデーションがかかっていました(-_-;)
いろいろ調べたところ、モニタが壊れたもよう。
いきなり、表示されなくならなかっただけよかったです。
完全に壊れる前に、安いモニタをネットで注文しました。
今週の働き、みんなこれにつぎ込むことになっちゃったよ(ρ_;)ぐすん
入院中の母は、元気そうではあるけれど、検査ではかなり悪いようす。
なんとかして、よくなってくれないかなぁ。
まだまだ長生きしてほしい。ほんとに。
